東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)47号 判決
本願発明の要旨は、同明細書中特許請求の範囲の項に記載されているとおり、「対象物より狭い口径を有し、且加工温度以下に加熱されているヴイニル系熱可塑性合成樹脂よりなる押出成型管をその管内(右特許請求の範囲の項に管両とあるのは、その成立に争いのない甲第七号証の記載に徴し、管内の誤記であること明白である。)に加えられた加圧流体の内圧によつて拡大させた後冷却し、之を被覆せんとする対象物に被せ、しかる後再び加熱して対象物を被覆することを特徴とするヴイニル系熱可塑性合成樹脂よりなる層で対象物を被覆する方法」にあるものと認められる。元来、ヴニル系熱可塑性合成樹脂は、これを加熱しながら伸張した後これを常温におけば伸張したままの状態に保たれるが、再びこれを加熱するときは残存歪の復元力により収縮して原状に復帰するという特性を有するものであり、本願発明は、ヴニル系熱可塑性合成樹脂のこの特性を利用し、右物質よりなる層で種々の対象物を緊密に被覆する方法を提供しようとするものであることも、前記明細書中発明の詳細なる説明の項の記載によつて明らかである。
ところで一方成立に争いのない甲第二七号証(昭和一八年七月九日特許局発行にかかる特許第一五七、二三六号明細書)の記載によれば、同特許発明(原告主張の特許甲)は積層乾電池素体の絶縁方法に関し熱可塑性合成樹脂の前記特性を利用したもので、醋酸ヴニル・塩化ヴニルまたはポリスチロールのような樹脂類の薄板より筒状体を作り、これを所要寸法の長さに輪切りとし、これを加熱して所要大に伸張した後常温に置き、このようにして内力を与えられた筒体を作つたうえ、この筒体で被覆の対象物たる乾電池素体を被い、これを加熱して右筒体の内力の復帰性を利用して乾電池素体を緊密に抱合せしめる方法が示されていることが認められる。(右特許甲の明細書にいう内力およびその復帰性が本願発明につき原告の主張する(復元力ある)残存歪およびその復元力に相当するものであることは口頭弁論の全趣旨によつて明らかである。)してみれば、本願発明の方法と特許甲の方法とは、審決にも認定しているように、対象物よりも狭い口径を有する(特許甲においても、最初の加熱前における筒状体の断面積は被覆せらるべき乾電池素体の断面積より小であることは、明細書の記載の全趣旨からみて明らかである。)ヴイニル系熱可塑性合成樹脂の管(筒体)を加熱しながら伸張した後冷却し、復元力ある残存歪を与えた管(筒体)を作り、これを被覆せんとする対象物に被せた後再び加熱して前記の復元力により管と被覆対象物とを緊密に抱合させるものであつて、いずれも熱可塑性合成樹脂の前記特性を利用するものである点において一致し、したがつて両者は発明の根本思想を同じくし、ただ審決の指摘する三点において相違するにすぎないものということができる。
そこで、右相違点について順次検討する。
(一) 対象物を被覆する物について
原告は、本願発明において使用する押出成型管は継目を生ぜず各部均一であるから、膨脹収縮も不均一にならず、且つ厚薄長短任意のものを形成し得る点で特許甲の筒体と相違する旨主張する。しかしながら、原告の主張する右のような利点はヴニル系熱可塑性合成樹脂をもつて管を作るのに押出成型の手段を採用したという成管手段に基く利点に帰するものというべきであり、押出成型手段を採用することによつて成型された管に右のような効果を生ぜしめることは、本願発明の特許出願前既に予期し得べき程度のものにすぎないと認められる。そして、本願発明と特許甲とが前記三で述べたような関係にある以上、特許甲の筒体に代えるに押出成型管をもつてするというようなことは、当業者が容易に推考実施し得べき程度のものと認めるのが相当であるから、右の点に発明が存するものとはいえず、したがつて、原告の前記主張は採用することができない。
(二) 伸張に際しての加熱温度および管の加熱伸張後の冷却について
甲第九号証の明細書の記載によれば、本願発明における「加工温度以下の温度とは、ヴニル系熱可塑性合成樹脂を管状に押出加工し、或はその他成型加工するに当り採用するよりも以下の温度をいうもので、通常その樹脂の流動温度以下軟化温度以上の温度に相当し、この温度ではヴイニル系熱可塑性合成樹脂は相互に押圧接触させても貼着しない。」と説明されていることが認められる。
そして、右の温度に加熱するのは熱可塑性合成樹脂の有する前記のような特性を利用するためであることは明らかであり、これまた右明細書に示されているところである。一方、甲第二七号証によれば、特許甲における醋酸ヴイニル等の樹脂の加熱温度について特に本願発明の明細書にみられるような説明を加えていないことが認められるけれども、元来プラスチツク材料の加熱加工は、同材料が軟化して可塑性を表わすことによつてはじめて可能となるものであり、また特許甲において、前記樹脂類より筒状体を作りこれを輪切りとし、加熱して所要大に伸張した後常温に置き、内力を与えられた筒体を作成するものであること前記認定のとおりである以上、右の加熱が軟化温度以上でしかも樹脂の融解流動しない程度の温度すなわち流動温度に達しない温度で行なわれるものであることは当然の前提となつているものと認められる。そして、特許甲においても熱可塑性合成樹脂の前記特性を利用するため右の加熱を行なうものである以上、本願発明とこの点につき実質的な相違はないものということができるのであり、これに反する原告の主張は採用しがたい。
次に、押出成型管または筒状体の拡大伸張後の冷却手段について考察するに、特許甲においても、筒状体を加熱伸張せしめた後これを常温に置き、このようにして、内力を与えられた筒体となすものであることは前に認定したとおりであり、すなわち筒状体を加熱伸張後常温にまで温度を下げることにより加熱伸張による歪を固定するわけである。一方、甲第九号証の明細書によれば、本願発明の詳細なる説明の項に「冷却操作は拡大管内に冷水または冷気を導入するか或は外部から冷水、冷気等で冷却するか、若しくは両者を併用することにより行なわれる」旨の記載の存することが認められるが、特許請求の範囲においては特に冷却方法を右のように限定した記載はない。また特許甲における冷却が単なる自然放置による冷却にすぎないとしても、冷水、冷気による冷却方法も冷却方法としては普通のものであり、これを採用したことによつて特許甲からは予測し得ないような特別の効果を生ずるものとは到底認めがたく、したがつて自然放置による冷却を冷水、冷気による積極的冷却に変更するようなことは、当業者が必要に応じ容易になし得る程度のことにすぎない。したがつて、本願発明の加熱温度および冷却方法の点に特許価値があるとする原告の主張もまた理由がない。
(三) 伸張手段について
成立に争いのない甲第二八号証(昭和一七年七月一七日特許局発行にかかる特許第一五一、〇三九号明細書)によれば、同特許発明(原告主張の特許乙)は、適宜形状に調製したゴム襄を乾燥塩化水素をもつて塩酸化せしめた後、これを加熱しつつ膨脹せしめて製した皮膜内に被包装物を挿入し、これを再び外部より加熱して該皮膜を被包装物に縮着せしめることを特徴とする物品の包装方法にかかるもので、右ゴム襄の膨脹手段として、外部より加熱しつつ内部に空気を圧入する方法が示されていることが認められ、また右発明は塩酸化ゴムが熱可塑性合成樹脂について前述したと同様の特性を有することを利用したものであることも、右明細書の記載によつて明らかである。してみれば、本願発明におけるようにヴイニル系熱可塑性合成樹脂の管を伸張拡大させるのに加圧流体を管内に導入しその内圧によつて行なうことは、前記特許乙の明細書の記載から当業者の容易に想到し得る程度のことにすぎないものというべきである。本願発明における押出成型管と特許乙における塩酸化ゴム襄が、その物質、形状の点において原告主張のように相違するとしても、そのことは前記の判断に消長を及ぼす程度のものではない。
以上説示のとおりであるから、結局本願発明は、審決引用の両特許明細書の記載から当業者が容易に推考し得る程度のものにすぎず、旧特許法第一条所定の特許要件を具備しないものと認める外はない。